| Hyperion | Gainsborough | Bayarde |
| Rosedrop | ||
| Selene | Chaucer | |
| Serenissima | ||
| Angelola | Donatello II | Blenheim |
| Delleana | ||
| Feola | Friar Marcus | |
| Aloe | ||
| St. Simon 4x5 / Cyllene 5x5 / Galopin 5x5 | ||
ハイペリオン×ドナテロというスタミナ偏重の配合。
ハイペリオンの最高の後継種牡馬といわれるものの、産駒には決め手に欠くハイペリオン種牡馬の特徴はなく、逆に優れた底力で大レースに強い馬が多い。晩成型のステイヤーが目立つが、気ムラな産駒も目立つ。
セントクレスピン(凱旋門賞)→タイテエム(天皇賞・春)と、日本競馬にも影響を及ぼしたものの、現在のスピード競馬には対応できずに徐々に衰退していった。
しかし、母系の中にはまだ生き続け、それなりの影響を及ぼしている。
2歳8月、初出走となるアーコムステークスをあっさり勝つと、2ヶ月後の2歳最強馬を決めるミドルパークステークスの駒を進めた。
しかし生来の気性難が災いし、スタートにもたつくと、結果最下位になってしまう。
3歳になると、小レースを2勝したものの、三冠レースは2000ギニー5着、ダービー2着、セントレジャー3着に終わり、また古馬とのGⅠもコロネーションカップ2着、キングジョージ6世&QEステークス2着と、大レースで好走するも勝ちきることはできなかった。
明けて4歳になると、一皮むけた走りをする。
初戦となるコロネーションステークスは前年ダービー馬・シヤミエに惜敗するものの、その後、コロネーションカップ、ハードウィックステークスなどを3連勝して、キングジョージ6世&QEステークスにコマを進めた。
このレースにはシヤミエをはじめ、伊ダービー馬・ボッティチェルリなど好メンバーが揃った。オリオールは一番人気も9:2(約5.5倍)と4~5頭が人気を分け合っていた。
前日からの雨で最悪な馬場状態ながらも女王らイギリス皇族が見守るなか、レースを迎えた。
レース前の興奮からオリオールは騎手を振り落としヒヤリとさせる。逸走までしなかったものの、ゲート内で再び暴れだし、11馬身遅れの最悪のスタートとなった。しかし、レース中盤少しずつ追い上げ、4コーナー~直線にさしかかると先頭に躍り出ていた。最悪の馬場状態のせいか、有力馬の追い上げも見られず、ゴール前で人気薄のヴァモスに3/4馬身まで迫られたものの、結果的に快勝に終わった。
この勝利に大いに喜んだ女王は、オリオールをこのレース後に引退させ、種牡馬としてサンドリンガム牧場に戻ることとなった。
種牡馬になると、初年度からセントクレスピン(凱旋門賞、エクリプスステークスなど)を輩出。いきなり英リーデイング2位となる。
2年目には、セントパディがダービーとセントレジャーの2冠を制し、あっさり英リーディングの座に輝く。
さらに翌年には、オーレリウス(セントレジャー)やミラルゴの活躍で2年連続のリーディングとなった。
しかしその後は目立った産駒は輩出せず、1965年にリーディング2位になった以外は10位前後に低迷する年が続いた。
競走馬の繁殖が商売となり、自由な交配ができなくなったせいか、種牡馬のなかには性欲が弱い馬も少なくはない。
しかし、オリオールは愛が通じているかのような情のこもった交尾を行ったらしい。尻をなめることに始まり、交尾中もいかにも楽しげで、いななきとともに絶頂に達するといった感じで、毎回自然の交尾と同じように愛に満ちた情景が繰り広げられたそうだ。
そのせいか、精力も衰えを見せず20歳を過ぎても毎年40頭前後の種付けを行っていたらしい。
一般的にハイペリオンとネアルコは相性が良くないと言われているが、オリオールだけは例外と言える。
代表産駒のセントクレスピンやミラルゴなど、ハイペリオン産駒でありながらネアルコ系の繁殖牝馬との間に何頭かの名馬を輩出している。
世界の名馬―セントサイモンからケルソまで(サラブレッド血統センター)
サラブレッド血統辞典(二見書房)