| Fairway | Phalaris | Polymelus |
| Bromus | ||
| Scape Flow | Chaucer | |
| Anchora | ||
| Fancy Free | Stefan the Great | The Tetrarch |
| Parfect Peach | ||
| Celiba | Bachelor's Double | |
| Santa Maura | ||
| St.Simon 5,4x5,4 / Bona Vista 5x5 | ||
胴長で有名だった父フェアウェイ同様、ブルーピーターも胴長である。それだけではなく、骨格や肉付きまで父そっくりで、大きなストライドでの走法は父フェアウェイを彷彿させるとまで言われた。
デビュー戦となったインペリアルプロデュースSでは前半から引っかかってしまい、結果5着。
しかし、2戦目ミドルパークステークスではゴール前伸びて2着に食い込んだ。
2歳時はこの2戦のみだったが、2戦目の2着が評価され、2歳フリーハンデで2位評価を受けた。
この時代、ミドルスパークSは2歳最強馬決定戦の意味合いが強く、このレースでの着順がそのままフリーハンデに反映していたため、未勝利ながら2位の評価を受けた。
3歳になり、クラシックのトライアルレースを快勝すると、1冠目2000ギニーに挑戦する。
レースは後半5ハロンでブルーピーターとアドミラルウォークが2頭ぬけだし、1分近い競り合いを繰り広、ゴール前で半馬身抜けだしたブルーピーターが制した。
エプソムダービーでは、新聞で「絶対に勝つ」とまで評され、本命の推されるも、オッズは7:2(4.5倍)と微妙な人気だった。しかしレースになると最後の4ハロンで一団の先行集団からあっさりと抜け出すと、2位以下に4馬身差をつけての快勝。
8月のエクリプスステークスで有力古馬を一蹴すると、目指すは3冠目のセントレジャー。
このレースにはフランスでダービーとパリ大賞典を連覇したファリスが出走を表明し、英仏の3歳最強馬対決と話題になった。
しかし、突然のドイツ軍の侵略により第二次世界大戦に突入してしまい、結局この年のセントレジャーは中止に。『世紀の決戦』とまで言われたレースは実現せずに終わった。
三冠馬オーナーーとなる夢が幻と終わったローズべーリー伯爵は、セントレジャーが中止となると即座にブルーピーターの引退を表明した。
1961年に発刊された『ダービー馬50頭(1912~1961年)の分類』<リックマン著>で、著者は50頭のダービー馬を超一流馬(9頭)、傑出馬(4頭)、優秀馬(16頭)、優良馬(11頭)、良好馬(10頭)の5段階に分類した。
その中でブルーピーターは最も高評価の『超一流馬』に格付けされた。
1940年から供用に上がると、初年度産駒でいきなり英ダービー馬・オーシャンスウェルを出し、英リーディング3位と、種牡馬としては前途洋洋かと思われた。
しかし、その後はクラシックとは無縁となり、その後9年でリーディングベスト10に入ったのは4度のみ。いずれも4~6位と中途半端なもので、目立ったものではなかった。
産駒の傾向としては早熟馬が多く、2歳で活躍するも3歳前半で力尽きる産駒が多かったらしい。
種牡馬としてはいまいちのブルーピーターではあったが、イタリアの天才、フェデリコ・テシオはこの馬の胴長なすんなりとした体格が好きで、何度か種付けを試みている。
その中の一頭、ボッティチェルリは伊ダービーと伊セントレジャー・ミラノ大賞典など12勝をあげ、この1頭だけでブルーピーターを伊リーディング3位に押し上げる活躍を見せた。
そのため、ボッティチェルリはリボーと並んで、テシオの晩年の傑作とも称される。
その他にも、テイエポロなどがイタリアで生産されている。
ブルーピーター産駒の高額賞金獲得馬上位12頭のうち7頭が母父がソラリオかハイペリオン(双方ゲインズボローの仔)であることから、ゲインズボロー系の牝馬が最も相性が良かったとされている。