バイアリー・ターク

バイアリーターク

軍馬から競争馬へ

1679-1705

サラブレッド三大始祖の一頭。
18世紀中盤に直系子孫のヘロド~ハイフライヤー~サーピーターティーズル三代が種牡馬として大成。大勢力を築いた。

生産国 トルコ?

馬主 ロバート・バイアリー大尉

戦績 1戦1勝

1690年、北アイルランド・ダウンロイヤルにて競馬に勝ったという話がある。

Byerley Tark

  • -Basto
  • -Rutland's Black Hearty
  • -Jigg
    • -Partner

産駒としてはBastoが名を残した程度で、勝ち馬も6頭のみにとどまる。しかし、JiggやRutland's Black Heartyは種牡馬として成功するし、子孫を残す結果となる。

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Outbleed
正直、種牡馬として優秀だったとは言えない。
後世に『ヘロド』が誕生したことにより一躍表舞台に登場しただけである。

軍馬としての運命

バイアリー・タークは、1688年に勃発した「ブタペストの戦い」において、イギリス軍のバイアリー大尉が敗走するトルコ兵から奪い取ったと言われている。(一説には、ウィーン付近で捕獲したとの説もある)
この時すでに8歳で、この戦争後イギリスにわたる。
1690年からの「ボイン川(アイルランド)の戦い」では、反乱軍の鎮圧に尽力。この馬の速さのおかげで危機を脱出したという逸話も残る。

ターク種?アラブ種?

”ターク”名付けられているものの、種については定かではなく、当時トルコ産の馬はすべてターク種と呼ばれていただけで、実はアラブ種ではないかと言われている。
現に、身体的な特徴はターク種よりもアラブ種に似る。

種牡馬としては、いまいち

種牡馬となった後の産駒の質は悪く、勝ち馬はわずかに6頭。これは期待の薄さから種付牝馬の質が低かったためでもあるが、直仔の成績を見る限りいつ消え去っても不思議ではなかった。
しかし、玄孫・ヘロドとその子・ハイフライヤーが種牡馬として大成し、のちに三大始祖と呼ばれるまでの大勢力を築くきっかけとなる。