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種牡馬としてはまずまずの成功をおさめ、歴史的名馬と言われたフライングチルダーズなどを輩出した。
そのフライングチルダーズと全弟のバトレットチルダーズが種牡馬として活躍したことで、その血脈は拡大し、バトレットチルダーズの曾孫・エクリプスの登場で、その勢力は一気に爆発した。
ダーレイ・アラビアンは、1700年頃シリアのアラゼー族によって生産された。
生誕当初は『マンニカ』と名づけられ、1703年にはシェイク・シルザが所有していたという記録がある。
1704年、オスマン=トルコのアレッポに駐在していたイギリス領事・トーマスダーレイがアラブの族長から買い取り本国に輸送したとされているが、実は略奪したものだと考えられている。イギリスの植民地政策の真っ只中であったことを考えると、たとえ買い取ったとしても略奪と言えるくらいな安価であったことは間違いない。
1704年、ヨークシャー(英)に渡る。
1706年から種牡馬として供用され、のちに歴史的名馬”Flying Childers(フライングチルダーズ)”を産出。また、Flying Childersの全弟・Bartlet's Childers(バトレットチルダーズ)は18世紀最強馬と言われる”Ecripse(エクリプス)”の曾祖父。