ネアルコ

ネアルコ

近代サラブレットの祖

1935-1957

イタリアが生んだ天才馬産家、フレデリク・テシオの最高傑作。ナスルーラやノーザンダンサーを生み出す血は「近代サラブレッドの祖」と呼ばれる。

生産国 イタリア

馬主 フレデリコ・テシオ

戦績 14戦14勝

主な勝鞍

  • パリ大賞典
  • ミラノ大賞典
  • 伊ダービー

デビュー以来、イタリアでは無敵を誇り、2冠を圧勝した後、強豪ひしめくパリ大賞典に出走し、見事勝利する。

Nearco

  • -Nasrullah
    • -Red God
    • -Bold Ruler
    • -Gray Sovereign
    • -Never Bend
  • -Dante
    • -Darius
  • -Royal Charger
    • -Turn-to
      • -Hail to Reason
      • -Sir Gaylord
  • -Nearctic
  • -Mossborough
  • -Sayajirao
    • -Indiana
      • -タケホープ
  • -Admiral Byrd
  • -Karim

6万ポンドという当時としては史上最高額で買われ、英国へ渡ると、1947-49年に英リーディングサイヤーに輝く。
その仔のナスルーラやニアーティックによってネアルコの血はさらなる繁栄をし、いまや世界中に広がっている。

Pharos Phalaris Polymelus
Bromus
Scape Flow Chauser
Anchora
Nogara Havresac Rabelais
Hors Concours
Catnip Spearmint
Sibola
St. Simon 5,4x4,5

セントサイモンの血を18.75%持つ配合。
しかしながら、母系に流れるアメリカ系血脈が逞しさを注入し、良い影響を及ぼしたのであろう。まさしく、ヨーロッパ血統とアメリカ血統の調和した血統といえよう。

産駒に優秀なスピードを伝えることで、サラブレッドの素質自体を変えた馬ともいえる。仕上がり早で、我慢強く、瞬発力にもすぐれ、勝負根性も旺盛。欠点となる遺伝要素がない完全無欠なサラブレッドと言える。

セントサイモンの凝縮配合

セントサイモン3x4のインブリードを持つ父母から生まれたネアルコは、自身セントサイモンの血が19.53%という凝縮配合である。凝縮配合は、、『血の濃さ=能力遺伝の強さ』と言われ近親交配が盛んにおこなわれていたこの時代には珍しいことではなかったが、そこに”アメリカ在来血統”が混じり込んだことで爆発的な強さの競走馬が生まれたと言われている。

当時、アメリカ在来血統は”雑種血統”と言われ、ヨーロッパでは忌み嫌われていたが、血統の飽和状態のヨーロッパにおいてはカンフル剤となったことは間違いない。

フレデリク・テシオの最高傑作

天才馬産家、フレデリコ・テシオがイタリアに牧場を開いて、40年。イタリアは当時競馬二流国であったが、彼の名声はヨーロッパ中に鳴り響いていた。
二流国とはいえ、伊ダービー馬を20頭以上生産し、海外レースへも積極的に参戦していた彼は、サラブレッド生産をビジネスとして成功させたはじめての男かも知れない。
そのテシオが作り出した最高傑作が『ネアルコ』である。

無敵の競争馬生涯

イタリア国内でデビューしたネアルコは、2歳時7戦7勝の無敵を誇った。
その強さは3歳になっても変わらず、パリオリ賞(伊2000ギニー)を6馬身差、デルビーイタリアーノ(伊ダービー)を大差<着差計測不能>で圧勝、さらに古馬相手のミラノ大賞典も楽勝。イタリア国内には敵がいなくなったネアルコは、その後パリ大賞典に参戦する。
この年のパリ大賞典には、エプソムダービー優勝馬ボワルセルや仏ダービー馬シラ、仏オークス馬フェリーなどの強豪が多く、苦戦必至と思われていたが、それらの強豪を抑え見事に勝利した。
その4日後、種牡馬として競り落とされたネアルコはイタリアに戻ることなく、現役を引退した。

実は、イタリアでの活躍中からネアルコの購買申し込みは後を断たなかった。
しかしテシオはひたすらに断り続けた。その理由はパリ大賞典への執着であった。なぜパリ大賞典に執拗なまでにこだわったかは不明だが、一説には前年のドナテルロでの惜敗の屈辱を晴らすためとも、ネアルコの売却価格をさらに吊り上げるためとも言われている。
現に、パリ大賞典の4日後に売却してしまったのだから、何らかの固執があったことは間違いない。

イギリスでの種牡馬生活

引退後、当時としては最高額となる6万ポンドでハリー・ベンスンに買われたネアルコは、ニューマーケット(英)のビーチハウス牧場で種牡馬として供用された。
セントサイモンの凝縮配合ということもあり、種牡馬としても人気があり、種付申し込み開始後2時間で3年間分の種付け制限枠下いっぱいになってしまった。

当初は、法外な値段でネアルコを輸入したマーチン・ベンソンに対しての非難も飛び交ったが、後には”英国サラブレッドの生産に尽くした偉大なる功労者”と称賛するようになった。
現に、イギリスで数多くの産駒を残すこととなる。ニンバスやダンテといった一流競走馬だけではなく、ナスルーラやニアークティックといった世界的な種牡馬も産出し、近代競馬におけるその血の影響力は計り知れない。
良質な繁殖牝馬の豊富なイギリスで種牡馬になったことでより良い産駒を産し、また戦勝国イギリスに移ったことで第二次世界大戦の戦火を免れることとなった。

日本競馬におけるネアルコ

ニンバス(英二冠)が高齢になって輸入されたが、種牡馬としては期待はずれ。ただ、母の父としてグリーングラスを出している。

カリムは、桜花賞馬タマミを出し、母の父としてハイセイコーを出した。

アドミラルバードは、天皇賞馬コレヒサを出した。

サヤジラオの仔・インディアナは、日本に輸入され、二冠馬タケホープを出した。

ネアルコの名の由来

テシオは絵画や彫刻を愛した男で、馬名に著名な画家や彫刻家の名を使う例も多かった。
現に、高村光太郎からとった”トカムラ”という競走馬もいた。

ネアルコに関しては、紀元前にアテネに実在した画家兼彫刻家ネアルコからとったものであろうと言われている。ただし、画家のネアルコは一般的には馴染みが薄く、テシオ自身から聞いた人間もいないため、あくまでも推測であり、他にもさまざまな説があるが、この説がもっとも有力である。

Nearco x Brandford

マサカ、ニーシャムベル、ナスルーラ、ナレーターといったこの時代の名馬を数多く輩出している。
ブランドフォードは、ネアルコの祖父ファラリスとの相性が抜群によく、ネアルコもその例に漏れない。

Nearco x Solario(Gainsborough)

ロイヤルチャージャーやクラカトー、テッサジリアンという馬がこの配合。

XNearco x Hyperion

ネアルコ系とハイペリオン系の相性は意外に良くない。
競走馬としてはアイルランドオークスを勝ったヌーリーがいるだけで、傑出した馬は少ない。
しかし、種牡馬としてNearctic(Northen Dancerの父)や日本で馴染みのテスコボーイなどが成功をおさめており、一概に相性が悪いとも言いきれない。