| Pharos | Phalaris | Polymerus |
| Bromus | ||
| Scapa Flow | Chaucer | |
| Anchora | ||
| Carissima | Clarissimus | Radium |
| Quintessence | ||
| Casquetts | Captivation | |
| Charm | ||
| Cyllene 4x4 / St. Simon 5x4 / Bona Vista 5x5 | ||
三代母のチャームは、ブルーピーターの4代母と姉妹になるため、ブルーピーターと相似した配合とも言われる。当時のフランス競馬界はイギリスに後れを取っていたため、母父は貧弱にならざるを得ないため、この牝系とファラリス系種牡馬との相性が相当よかったのだろう。
スピード・スタミナともに優れ、産駒にもそれらの特性を伝えた。フランスで供用されていたため、産駒の活躍はフランスに多いが、英米にも影響を及ばした。
ファリスのデビューは3歳の春・ノアイユ賞。
初出走ということで人気にはならなかったが、直線での末脚が冴え、2着馬に2馬身半差をつけ圧勝する。
2戦目は、プリ・ド・ジャッケ・クルブ(仏ダービー)。
ファリスと同じブーサック氏所有馬ホラチウスとの同枠で2.3倍の本命に推された。
馬場は最悪の不良馬場。おまけに出遅れてしまったファリスは、最終コーナーでも14頭中13番手。誰もが勝利を諦めた。
しかし最後の直線、馬群を掻き分け先頭を捉えると、一気に差を広げ、終わってみるとまたしても2馬身半差の圧勝だった。
3戦目は、パリ大賞典。またしても最悪の不良馬場。
終始馬群の中段で待機していたファロスは勝負どころでよろけ、落馬しそうになる。大成を立て直した時には先頭との差は10馬身以上。残り2ハロン。
しかし、ここからはいつもの末脚爆発で、先頭をとらえる間もなく引き離し、このレースも2馬身半差で勝利する。
すべてが2馬身半差というのは偶然だろうが、なかなか面白い。
また、デビューのノアイユ賞(5月21日)から引退レースのパリ大賞典(6月25日)という、競走馬としての活躍が1カ月あまりだったとは、驚きである。
フランスでファリスが仏ダービーを勝った頃、イギリスでは同じファラリスの孫・ブルーピーターが2千ギニーと英ダービーの2冠を制していた。
もはやフランスに敵が見当たらなかったファリスはブルーピーターへ挑戦するために、英国3冠目セントレジャーに出走登録をした。
しかし、レース数日前に第二次世界大戦が勃発。
英仏の最強3歳馬にして、のちにファラリスの四天王に挙げられるこの2頭の対戦は夢と化したのである。
1940年からフレスネ・ル・ビュファール牧場で掲揚されたファリスは、初年度13頭のサラブレッドを送り出した。そのうち11頭が出走、勝ち馬10頭で48勝をあげた。
初年度の仏2歳リーディングはもちろん、初産駒が3歳になった年には早くも仏リーディングを獲得する。
しかし、実は1940年の種付けシーズン後、フランスに進駐してきたドイツ軍によって、ファリスはドイツに連れ去られていた。
そのため、フランスでの産駒は1940年の1年だけ。しかし、その1年の11頭だけでリーディングを取ってしまうのだからすごいと言わざるを得ない。
1945年の春から再びフレスネ・ル・ビュファール牧場に戻ると、1951年に仏リーディングに返り咲き、その後3年連続リーディングを獲得。
凱旋門賞を勝ったアルダンを筆頭に、数多くの名馬を輩出した。
また、ブルードメアサイヤーとしても優秀で、ヨーロッパ各国で名馬を輩出した。