トウルビヨン

トウルビヨン

歴史を覆した雑種血統

1928-1954

ヨーロッパの競馬界にアメリカの新鮮な血を注入した馬。血統的にサラブレッドと認知されなかったが、その産駒の活躍で閉鎖的な規制を撤廃させた。

生産国 フランス

馬主 マルセル・ブーサック

戦績 12戦6勝

主な勝鞍

  • 仏ダービー
  • リュパン賞

2歳時4戦2勝も、3歳になって3連勝。満を持して臨んだジョッケクルブ賞(仏ダービー)を快勝し、一躍脚光を浴びる。
しかし、その後は勝つことすらできず、その年の凱旋門賞を最後に引退する。

Tourbillion

  • -Djebel
    • -Clarion
      • -Krairon
    • -My Babu
      • -Better Boy
      • -Milesian
        • -パーソロン
      • -Crozier
    • -Hugh Lupus
    • -Le lavandou
  • -Tornade
  • -Caracalla
  • -Coaraze
  • -Timor
  • -Anbiorix
  • -Cillas
  • -Tourment
  • -Goya

ヘロド系の後継種牡馬として、1940,42,45年に仏リーディングサイヤーに輝く。
Djebel->My Babu ->パーソロンとつながり、日本競馬への影響も大きい。
Djebel->Clarionでも数多くの有力馬を輩出し、後継種牡馬も多数のこす。

Ksar Bruleur Chouberski
Basse Terre
Kizil Kourgan Omnium
Kasbah
Durban Durbar Rabelais
Armenia
Banshee Irish Lad
Frizette
Omnium 3x4 / St. Simon 4x5 / St. Gatien 5x5
父はヘロド系種牡馬。母はアメリカ血脈の繁殖牝馬。
双方、当時としてはマイナーなもので、そのマイナー血脈が絶妙に絡み合い、驚異の化学反応を起こして誕生した奇跡の馬ともいえる。ただし、オムニウムの近親配合には何頭かの名馬が誕生しているため、ある程度狙ったものとは考えられるが…。

競走馬としては?

2歳夏、ビニュール賞を快勝してデビューするも、その2日後に出走したレースで敗退。
その後ドイツでのレースに勝つも、帰国後のグラン・クリテリウムでは惨敗してしまう。

3歳になって俄然本格化すると、グレフュール賞→オカール賞→リュパン賞と3連勝し、臨んだ仏ダービーでは2着以下を2馬身離して快勝する。
その2週後、パリ大賞典では本命に推されるも仕掛けが遅れ、バルネベルに1/2馬身差の3着に終わる。
さらに6日後、共和国大統領杯(現サンクルー大賞典)でもバルネベルに6馬身差をつけられ敗れる。

バルネベルとの4度目の対戦となった秋のセントレジャーステークスでは、バルネベルには先着するもデイリにクビ差及ばず、敗れる。
続く凱旋門賞では、脚の故障を隠したまま出走し、結果6着。

翌年も春先まで調教は続けたものの、調子の回復が見込まれずに引退となる。
重馬場に弱いとも、2400mが限界とも言われ、競走馬としての成績は超一流とまではいかなかった。

雑種血統

この頃のサラブレッドは、ジャージー規制により、父母双方の血統がジェネラススタッドブックに記載されている馬でなければ純血種として認められなかった。
しかし、トウルビヨンの母父・Darbarと母母父・Irish Ladはジェネラススタッドブックに記載されておらず、サラブレッドとして認知されなかったが、トウルビヨンとその仔たちの活躍にイギリスとサラブレッドそのものの凋落を憂いたイギリス競馬界は、ついにはジャージー規則を撤廃し、それらの馬たちをサラブレッドとして認めた。

マルセル・ブーサックの繁栄と崩壊

トウルビヨンは、当時のヨーロッパで”革命の風雲児”と呼ばれたマルセル・ブーサックの牧場で生産された。彼は豊富な財力では巨大な牧場を作り上げ、マルセル・ブーサック帝国とまで言われていた。
一流馬を多くそろえた彼の牧場は他の追随を許さず、優秀な競走馬は引退した後も種牡馬・繁殖牝馬として自牧場に抱え込んだため、自家生産馬のみでの配合・繁栄が可能となった。

しかし、それも2代・3代と重ねていくにつれ、血統構成が似かよった馬が増え、ついには血統の飽和と閉鎖が起こってしまう。その頃には牧場の基礎となった馬たちが多くが亡くなり、危機に陥ったマルセルは、さらなる近親交配に走ってしまい、事態をさらに悪化させてしまった。

その結果、マルセル・ブーサック帝国は『近親繁殖は血の飽和を招き、それによってもたらされた繁栄は永くは続かない』という教訓を残して崩壊した。

後継馬が各地に散るも、先細りに…

仏リーデイングサイヤーに幾度も輝いたトウルビヨン。
その仔たちの中で後継種牡馬として挙げられるのは、仏リーディングサイヤー3回のDjebelである。
また、アメリカではGoyaやAnbiorix、スペインではTourogua、アルゼンチンではTimor、その他オーストラリアやニュージーランドなど、後継種牡馬は世界各地に広がり好成績を残していった。
しかし、イギリスではジャージー規制によって純血とは認められないトウルビヨンの血は受け入れられず、その仔たちも種牡馬として繁栄することはなかった。

その血脈は、現在でもLuthie系rとAhonoora系として継がれている。
日本では、トウカイテイオーとメジロマックイーンがこのトウルビヨン->パーソロン系として、その血脈を継いでいる。

Tourbillion x Nasrullah

ナスルーラ系のスピードにトウルビヨン系のスタミナを注入することでバランスのとれた産駒が生まれる。
ネヴァーベントがこの配合であり、日本では父母双方にこのニックスを持つマックスビューティが有名である。

Tourbillion x Northern Dancer

この配合ではサドラーズウェルズが有名。日本国内でもホリスキーなどを輩出しているが、全体的に長距離をスタミナで粘り切る馬が多い。