以前から詳しく調べてみたかったサラブレットの血脈の歴史のサイトを始めました。内容につきましては、暇を見てぼちぼちと書き足していきますので、よろしくお願いします。
日本競馬の歴史についても少しずつ調べはじめました。
サラブレッドとは、『血の歴史』。
人間の知識と経験をもとに作り上げられた美しき芸術。
”神への挑戦”とも呼べる計算された配合により生み出された名馬たちは、必然と偶然の積み重ねることにより、現在のサラブレッドにたどり着いた。
”競馬”という財と名声を賭けた欧州貴族の道楽によって生み出されたサラブレッドは、ある時は国さえも動かす英雄となり、ある時は人を破滅させる悪魔にさえなる存在となった。
しかし、生産者たちの夢と努力によりサラブレッドは劇的に進化し、誕生した名馬たちは数多くの伝説を残していった。
それらの伝説を紐解き、サラブレッドの進化の歴史をたどってみたい。
| 16世紀 | 中期 | 競馬場が”専用施設”として誕生。 ヘンリー8世が宮殿ハンプトンコートに牧場を作り、競走馬の生産を始める。 |
| 17世紀 | この頃の競馬は貴族同士のヒートレースやマッチレースが主体で、お互いに様々な金品を賭けて競い合っていた。 | |
| 1670年頃 | バイアリーターク誕生。 |
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| 18世紀 | 1700年頃 | ダーレイアラビアン誕生現存のサラブレッドの主流となる血が始まる。 |
| 1724年 | ゴドルフィンアラビアン誕生 |
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| 1750年 | ジョージ2世の声かけにより、ジョッキークラブが設立。 | |
| 1764年 | 伝説的名馬・エクリプス誕生18戦無敗で駆け抜けた18世紀最強馬。 |
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| 1777-84年 | 種牡馬・ヘロドの全盛期バイアリータークの子孫・ヘロドが8年連続で英リーディングサイヤーになり、消え去ろうとしていた血脈が復活する。 |
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| 1780年 | 第1回ダービーステークス(現エプソムダービー)開催 | |
| 1791年 | 「ジェネラルスタッドブック」刊行。サラブレッドの定義を明確化した血統書で、各牧場の私的な血統記録から始まった。 |
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| 19世紀 | 1821年 | ジェネラルスタッドブック第2巻で、はじめて『サラブレット』という言葉が登場する。 |
| 1890-1901年 | 種牡馬・セントサイモン、全盛期12年間で9回英リーディングサイヤーに輝く。 |
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| 20世紀 | この頃、日本でも競馬が始まる。 | |
| 1901年 | ジェネラルスタッドブックが『サラブレッド』を定義「先祖8~9代に渡って純血馬が交配され、1世紀前まで血統が証明でき、かつ近親馬の競走成績が優れている馬」がサラブレットと定義づけされた。 |
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| 1913年 | ジェネラルスタッドブックに『ジャージー規則』挿入いかなる馬も、父方・母方双方において過去のジェネラルスタッドブックに登録されている馬に遡ることができなければサラブレッドとして認められない、という閉鎖的な規制が追加される。 |
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| 1917年 | アメリカの誇り・マンノウォー誕生 |
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| 1930年 | ハイペリオン誕生 |
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| 1935年 | 近代サラブレッドの祖・ネアルコ誕生 |
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| 1939年 | 第二次世界大戦勃発 | |
| 1949年 | トウルビヨンの活躍などにより、ジャージー規則撤廃この規制により近親交配が進み、血の停滞と飽和が起こったため、より逞しい血を求めて解放されることとなる。 |
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| 1954年 | イタリアの天才フェデリコ・テシオ、愛馬リボーの活躍を見ずしてこの世を去る。 | |
| 1961年 | ノーザンダンサー誕生 |
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| 1970年 | ニジンスキーが無敗で英三冠・KGⅣ&QESを制覇 | |
| 21世紀 |